|
入門!論理学 (中公新書)
|

|
| 商品カテゴリ: | 人文,思想,学習,考え方
|
| セールスランク: | 5997 位
|
| 発送可能時期: | 納期は下記のボタンを押してご確認ください
|
| 参考価格: | ¥ 777 (消費税込)
|
ご購入前のご注意
|
このページはアマゾンウェブサービスを利用して運営しています。
商品販売はすべてアマゾンの取り扱いです。最新価格、製品情報はボタンを押してご確認下さい。
|
|
国語の単元に論理学を
昔、中学の数学でも集合を扱っていたのだが、某著名数学者の一喝でカリキュラムから消えたようなことがあった(と思う)。確かに今から思うと中学生に集合論はないよなあ、とは思うのですが、そこで扱っていた逆・裏・対偶とかド・モルガンの法則などが論理学ともかぶっていたとは、不注意にもこの本を読むまで気が付きませんでした。記号で書けば簡単であろう論理の仕組みを普通の日本語で記述したことで、論理学と自然言語との関係にも注意が向くような仕掛けになっているように思えます(著者が意識しているのかどうかはわからないが)。集合を数学から外すなら、単元名を変えて国語に入れ込む必要があったのだろうなあ。
本書は「岩波ジュニア新書」あたりに収録されていてもおかしくないくらい噛み砕いて記述されています。中高生にもお勧めです。
私自身はトシのせいか面倒になったら深く考えず先へ読み進んでしまう様な有様なので、よく理解できたかというとちょっと?です。が、最後に挙げられていた書籍や著者の他の著書に進んでみようかという気になりましたので星4つです。
あなたは「論理的」ですか?
そう問われたら、何と答えるだろうか。
一般的に「論理的」であることは、ある前提を定立して、その前提から矛盾することなしに順序立てて演繹を繰り返し、明快に結論を導き出せることを思い浮かべる。
それならば、「論理」を研究する学問である論理学を学べばいいじゃん!
そう思って、一般的な論理学の教科書をめくるがあまりの記号の多さに、数時間で挫折した記憶がある。
それでもなお、論理的になりたいと志向しつづけた中で出会ったのが本書である。
「入門」と銘打っている上に、「!」までついているなんて。
そこまで言うならば、この本で入門してやろうじゃないかと思って手に取った。
本書は新書であるがゆえに、完全に縦書きである。縦書きであると、当然記号は用いにくい。
そこで筆者は徹底的に記号を使わないことにこだわった。
その結果本書は、「数学アレルギー(≒記号アレルギー)」を持ちがちな文系読者の受容に成功している。
しかしながら、この本はけっして平易なものではない、ということには注意が必要である。
否定がいかに難しいか。矛盾をいかに克服するか。人類の最大のコミュニケーションツールである言語の持つ困難さを痛切に感じた。
すらっと読める内容ではないが、語り口調でところどころに独特のユーモアを交えているので、不思議と投げ出したくなることはなかったことも本書を大きく評価できるポイントであろう。
わかりやすく書くことに努めながら、「わかったつもり」という陳腐な理解はさせない!そんな気概を感じる。
タイトルの≪!≫は、そんな気概のあらわれだろうか。
定義を書いてください。
「論理」という言葉のの定義が書いてありません。「おおざっぱに言えば、論理とは、ことばとことばの関係の一種なのです」あるいは「論理というのはことばとことばの意味上の関係です」では、定義になっていません。「論理的」という言葉も、定義を示さず、読み手を煙にまいているだけです。いろいろ例を挙げて説明してくださるのはそれはそれで結構です。しかし、出発点で、鍵となる言葉の定義を示さないで各論に入られても、ついていけません。「さて、論理学が扱うのはまさに演繹的推論です」これも唐突です。なぜそうなのか理由が示されないのでは、読み手はその先に入っていけません。一番大事なことを書いていないから星一つです。とても残念です。
ハートで感じる論理学
快著である。記号を最低限しか使用しておらず、語り口も堅苦しくなく、ユーモアたっぷりである。 論理学と自然言語とのギャップを埋めようという著者の試みは成功しているのではないだろうか。標準論理と非標準論理を「神の立場」と「人の立場」という風にあっさり割り切っているところもよい。哲学サイドから論理学を扱うと、案外論理的でなくなったりするのだが(笑)、さすがにそういう基本的な失敗はしていない。野矢の哲学的著作には違和感を覚える私だが、この本は野矢の教職者としての力量をよく表していると思う。
とても読みやすく、面白い!
論理学っておもしろい!と、素直に思わせてくれる本でした。
最たる理由は、その読みやすさです。
買って2日で、一気に読破出来ました。
内容は、全体を通しても、そこまで突っ込みません。
「でない、または、かつ、ならば、∃、∀を論理学的に定義(?)して、これが、自然演繹だ!」
こんな感じです。
しかし、その分、寄り道を加えつつ、淡々と語ることで、
論理学の面白さを、存分に説くことに、成功されております。
例を挙げると、、、
「Aまたは(Aでない)」は必ず成立するとは限らない
たとえば、太郎が勇気がある、のような内容であれば、
太郎の人生で、勇気を出すような場面というのが全く無かったら、
太郎に勇気があるかどうかは、神様にしか判断出来ない
(本文中には、もうひとつ事例が挙がっております)
中央公論新社
新版 論理トレーニング (哲学教科書シリーズ) 論理学 論理トレーニング101題 はじめて考えるときのように―「わかる」ための哲学的道案内 (PHP文庫) 哲学の謎 (講談社現代新書)
|
|
|
|
|